テロ事件が欧州諸国の排外主義政党支持に与える心理的影響―欧州社会調査に基づく実証分析―
上西 知奈
『築山宏樹研究会三田祭論文集』 第5巻(2024): pp.31-44.
要約
排外主義政党支持の要因分析は、国ごとに異なる社会的文脈に依存することが知られているが、そのような違いを生む要因については明らかになっていない。既存研究では、国レベル・個人レベルの個別の要因への注目にとどまっており、両者の要因の相互作用を定量的に分析した研究は少ない。とりわけ、予測不可能な事態が政党支持に与える影響については、テロ攻撃が排外主義政党支持を増加させることはないという理論の予測に反する結果も示されており、その心理的メカニズムには疑問も残る。そこで、本稿では、2010年から2023年までの欧州社会調査をもとに、国レベルと個人レベルの要因の相互作用に焦点を当て、テロ事件の発生によって引き起こされる社会不安が、有権者の価値観に与える心理的な影響と、それらが排外主義政党に結びつく規定要因となりうるかを検証した。分析結果からは、テロ事件発生前は、政府に強い権力を求める価値観は、排外主義政党への投票の規定要因になっていなかったのに対し、テロ事件発生後は、そのような価値観を重要視する有権者ほど、排外主義政党に投票する傾向があることが明らかになった。テロ事件などの予測不可能な事態は、メディアや政党などによる煽情的な報道を通じて世論を形成する。そのような報道が社会的分断や排外主義を招かないか、予測不可能な事象による市民の価値観の変容プロセスの体系的な理解が必要であると考えられる。5